ブログでは御無沙汰しています。
近年の4月1日はエイプリールフールネタが跋扈しているし私の人間性上取り立ててまともな記事は期待されていないだろうと推測できるのでそっち系のネタでも投稿をしても良いのかも知れませんが、普通に投稿します。多分、普通の内容です。
 

そういえば、なんでブログを書いてないの?


最近は色々と尋ねたいことが多いのと、非常に個人的な話を書くことが多くて、「まずはFacebookに…」という流れになっています。
Facebookに投稿したあとに整理できたらブログにアップすれば良いんじゃないのってところで、ダラダラと時が流れて放置プレイになります。いやまあEvernoteにはまとめているのですが、読める文章になっていないので。気が向いたらまとめて発信するかもです。
別に、私の思考としては整理された情報かも知れないけれど、他の人でも投稿しているような凡庸な内容が多いからわざわざ発信するほどのことでもないしなあ、などとも。なので、「ああ、こいつらしいなぁ」って思考が垣間見える内容だけ選択して発信しようかなと思います。

情報発信というのはこまめに行うことが大事ですが、なんでもかんでも無理矢理発信する必要性はないと思っていて。大体、こまめな更新という意味では私はTwitterをやっているのでそっちを見てくれればリアルタイムの思考が見えるだろって思うんですが。
そうは言ってもバラバラとした乱文ではなく、整理した言葉を読みたいという人もいらっしゃるでしょうし、そのへんはバランスをみて発信しないとなとは思ったりします。でも現在のところはFacebookで投稿してからブログの順番が良いかなあ。ブログはコメント閉じてるので意見を吸い上げにくいし。

昨年度を振り返って

2015年度は年間を通して「教育ビジネスに足の片方のつま先を突っ込んだ」感じ、ですね。 ボランティアのプログラミングサークルの運営のために彼方此方の有料教室の見学に伺ったり、気が付いたら某スクールの中でお手伝いすることになったり、個人的にマンツーマンのレッスンの仕事を請けたり。
「教わる側」の感覚を忘れないように、もっと理解出来るようにと、自分にとって少々難易度の高いレッスンを受けに行ったり。あ、韓国語ですね。中級後半から上級前半レベルのクラス。韓国語はあまり成長はありませんでしたが…。
創作活動すること・教わること・教えること・メンタリングすること・コーチングすること・組織を運営すること…等を延々と考え続けて終わったなあ、という感じです。

子供にプログラミングを教える現場だからなのか、ご時世的なものなのか分かりませんが、定型発達ではない人達(大人・子供不問)にも出会う機会が増えてきて、発達段階に合わせた教育とか個々人にあわせて寄り添っていくとかも考えさせられることが多くて。まだまだ勉強しないといけないことが多いなあと思いました。
ボランティア活動をメインでやっていたので厳しい事も言われたり、です。
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そういったことで、「弱い立場」とか「マイノリティ」のことを改めて考える機会も増えました。まあ、私自身のことをあれやこれや言うのは好きになさって頂いて構いませんし、私を社会的に排除したければ好きになされば良いと思います。寧ろ社会的排除に値するほど気に掛けてもらえたのなら、身に余る光栄なのかも知れないなぁと真剣に思い始めています。はい。
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今年度の抱負

今年度もブラブラと彼方此方彷徨って行こうと思います。以上。
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定職につかないの?

今年も、決まったところ1箇所のみに所属ないし契約して仕事する気はないです。
仕事は頼まれればやりますけれど、基本的には発注する側と受ける側でお互いにメリットのあるギリギリのところを維持しつつ、積極的に頑張らない程度に頑張る、という感じですね。目先のオカネのために生きるの苦手なので、やりたいことを優先で。生活を優先しろと強要されるなら、死を選びますね。
よく誤解をされるのですが、仕事を全部引き受けていない訳ではありませんよ。相手が勝手に「私の潜在的な能力」を憶測して期待を寄せて発注してくるのが大嫌いです。たとえばアレですよ。私が描いた落書きを見て、「そういった能力を活かすべきだから、この仕事をやって下さい」って案件ですね。「私が歩いている道の先達でもない、どこの馬の骨か分からないような輩に、私のやることを指図される筋合いはないわ!!」という怒りがこみ上げてくるので、そういった案件はお断りしているし、発注後にそういったことが分かると、私はそこの部分で常識に従う気がないので平気で納期を大幅に遅延したり音信不通をやらかします。なんだよ「やるべき」って。そう言う物言いする人達腐るほど会ってきたけど、大した成長の糧にならなかったんですけど。私、そんなに体力ありあまってないから、そんなの一つ一つ相手にしたくないです。私のできることを十分確認の上で発注して下さい。

2016年3月末に家を退去せねばならない件

本件は昨年度が一区切りで、その節は色々とお騒がせ致しました。
ザックリ説明すると、2013年11月に昔の職場の先輩且つ上司で十ン年交際していた同居人の「たろう君」と別れ話になって、別れようって話になっていたんですよ。
手切れ金を渡されて2014年1月中に出ていく予定だったのですが、私がたろう君に「収入の目処もないし貯金どころか借金だらけで家を借りる保証金が出せない。友達もいないし、とにかくどこにも身寄りもない。暫く家に置かせてくれ」といった具合に懇願し、たろう君が「親会社の都合で職場が移転する。その都合で遅くとも2016年3月末までに引っ越す必要がある」とのことで、そこを期限に生計の目処を立てて出ていく約束だったんですよ。
それで、生計の目処が立たなかったら行き場所がないので自殺する気満々で2015年11月までやっていて(本当に自殺する気でした)、諸事情で別方向から物を借りるにあたって「積極的な自殺禁止」令が出たので極力自殺の話はせずでした。それで日が迫るにつれ、死ななきゃいけない意識半分、まだ死にたくない意識半分でTwitterでブツブツぼやいていたら、前の職場の先輩から「会社の引っ越し、市内に確定になったよ」と連絡が入って、「当面引っ越ししなくなった」んですね。
ただ、職場の移転はなくなったけれど「2016年3月末までに出ていく」話は残存していた筈なので、2016年2月にたろう君に現在約束の件はどういう認識になっているのか確認したのですよ。その話が残存しているのなら、私は生計が立たないので自分が決めた約束通り自殺しなければなりませんし。それで、とりあえず「死なないように生活の協力はするけれど、ちゃんと生活の目処を立てようね」という話になり、「でも、2016年夏以降に(引っ越しはなくなったけど)長期出張が入る可能性があるから、それまでに頑張ってね」という話になって、現在に至ります。
…えっ、たろう君と私の現在の関係ですか?
「応援する人(たろう君)」と「応援される人(とが)」です。
同じ屋根の下で暮らしていて、週末に時々食事を一緒にすることもありますが、男女交際をしている訳ではありません。

まァそういったことで

今年もこんな感じですが、皆様、どうかご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。