ライトニング・トーク(LT)…。
カンファレンスやフォーラムなどで行われる短いプレゼンテーションのこと。様々な形式があるが、持ち時間が5分という制約が広く共有されている。
Wikipedia「ライトニングトーク」より引用

大阪のとあるイベントでスピーチをすることになった。
来場者Max200人の行事だし数あるセッションのうちの一つで喋るので、一般的な視点からすればそこまで大仰なことではないだろうけれど、私の人生史上ではソコソコパンチの効いた行事だ。
ということで、人前で喋ることそれ自体に対する思い出と、過去のLT資料を晒す。
 

「口から先に生まれた子」と呼ばれて来たけれど…

私は喋るのが苦手だ。
ある程度顔見知りの人に「マシンガントークだよね」と言われるし、そうでなくても無駄話が多いので良く勘違いされるが、雑談など他愛のない「言葉を発する」くらいはできる。要するに空気を読まないで一方的に喋る事はできなくもない。
そもそも、マシンガントークと言われる喋りをするのは興奮状態になって周囲の空気が読めないときだけであって、普段が普段そういう感じな訳ではない(…いや、まぁ、幼い頃は空気が読めないのが日常だったからいつもマシンガントークだったかも知れない…覚えてない…)。

ではどういう喋りが苦手なのか。
端的に言うなら、的確な対話、そしてスピーチだ。
日常会話しかり営業活動などしかり相手のいる会話で場に適した言葉を選んで返したり、壇上に上がるなどして「聴衆の心に響くような言葉を選んで、情報を段取り良く提示しながら話す」行為、そういうった意味で「喋るのが苦手」だ。
日頃から「仕事をすることができない」と言っている理由にも繋がるが、すぐにパニックになって頭が真っ白になるから瞬時に臨機応変に適切な回答を求められるのは論外だし、記憶力が極めて低いので専門用語が飛び交う会話についていけない。ミリ秒単位でキレキレに冴えた知的な対話など到底できない。
それゆえ「できるかぎり全ての対話を文字主体にして、尚且つ少々のんびりと交流してもらいたい」という感じに、逃げ回っている。

あがり症、袋小路に立たされる。

私は非常に「あがり症」だ。
子供の頃は人前に出る度にホワイトアウトを起こしていた。
片頭痛が酷くて通院するようになってから、ホワイトアウトしていたのはてんかん発作の一症状だと知った。てんかんを起こす、らしい。
また、臨機応変な対応というか、経験的にパターンを網羅できていないような不測の事態への対応が不得意なので、これまたパニックを起こしやすい。
つまり、完璧な段取り通りに行動することも、臨機応変な行動も、どちらも苦手だ。
あがり症の克服は練習が一番である。それで極力人前で話す機会を作るように率先して行動し、ホワイトあうとは減った。けれど、まったく緊張しなくなった訳ではない。

逃げ回って済むなら一生逃げ回るが、どうにも矢面に立たざるを得ないこともあって、逃げてばかりではいれない。だとしたら、最低限のことは出来るようにしておきたい。それで、積極的ではないが、機会があれば挑戦するようにしている。

誘われたので、乗ってみることに

さてさて。
会社と引きこもりをやめてから人前に立って話すのは今回で3度目だ。
つまり、ここ5年間、実質は最近1年で3度目だ。

きっっかけは、いずれもイベントへ主催者側からの声掛けだ。
イベントに見物なり裏方として参加しようとしたら、「来るなら、ついでに喋ってみない?」と声を掛けられたのだ。
イベントでのスピーチとなると、本来は、はじめに「内容が発表の場に相応しいか」をプレゼンテーションしなければならない。これが物凄く精神を消耗する。

先にも述べたとおり、私は要点を絞って話すことが非常に苦手だ。
しかも、他人からの依頼と言うことは、真っ先に相手の意向を理解する必要がある。
何を期待して、何を話して欲しいのか。そう考えることは、これはこれで消耗する。
ただ、私の場合、テーマと相性が合いさえすれば、このように依頼された方が考えやすい。
そういったことで、頂いた機会はありがたく頂戴することにしている。

過去のライトニングトーク体験とスライド資料

ここで、過去2回のスライド資料を公開する。
スライド資料は、視覚から聴衆に訴える役割があるが、私の場合は私自身のカンニングペーパーの役割もある。「このことについて喋れば良いんだよ!」というガイドラインだ。
練習をしても練習していても100%筋書き通りに喋ることはできない。
だから、資料で補うことは非常に大事だ。 私の周りの人達は、自分が作成したスライド資料ではなくても、1枚1枚をその場で判断して上手く話すことができる。しかし私はそういったことは全く出来ない。
だから、私の場合はスライドに書いてあることと話す内容はほぼ同一だ。
書いていないことは、1枚当たりせいぜい実質5〜15文字程度しか喋っていない。

その1「子ども向けプログラミング同好会を始めてみたよ


ジャスティス岡本さんが勉強会の開き方に関する本を執筆するために開いたイベントでの登壇資料。

LTというものはどういったものか理解してはいたが、いざ直面すると練習不足が目立った上に、反応も芳しくなく、非常に残念な結果だった。
だいたい、周囲の人達は皆成功事例を語っているのに私だけ失敗事例を語るとか…。
また、コワーキングスペース内で強烈な異臭(体臭)がしていたことに耐えきれず、主催者への挨拶もよそに去ってしまったことも大きな反省要因。
(後日談:2016年11月にKindleから出版されたとのこと)

その2「道場戦記〜理想と現実の⼤格闘〜


TMCNコミュニティ総会Vol.17 - for Our Kids」での登壇資料。
前回の反省もあり、念入りに練習を重ねたおかげで周囲がドン引きするという最悪の事態は避けられた。ただ、マイクから聞こえる自分の声に気を取られて、制限時間を大幅に超えてしまった…(※私は聞き慣れた音と違う音が聞こえるだけで混乱する)。

アフターレポートを丁寧にまとめて頂いた。とにかく恐縮。
他の方のスピーチのレポートも勉強になった。

ということでの3回目…

ということで、今月27日の「DojoCon Japan 2016」で登壇することになった。


実行委員として裏方として参加するついでなのだが、過去のLTと比べると、持ち時間が長い。20分。
私、あちこちの現場で活躍中の百戦錬磨の皆様の前で話すような有意義な身のある話なんてできないんですけど…本当に大丈夫かな…どきどき。

そして、私以外の登壇者が本当に素晴らしい方ばかり。
(…いや、先のTMCN総会のときも非常に恐れ多い中でのことだったが…)
名前と顔写真を見ても「誰?」という方が多いかも知れないが、「アレをしたあの人」といえば「ああ!」となるような、そんな人ばかりだ。
そんな人達の中で登壇する上に、私、顔写真を載せたくなくてコレである。
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(参照: DojoCon Japan 2016

どの行事でも、誰しも、登壇者を指名する大半の理由は「その人の話をその場で聞いてみたい」というシンプルなものだ。
私を指名されたのは、まだ、ボランディアでのプログラミング道場という活動が「エリート養成を目的とした、理想が無駄に高いだけの地に足がついていない集団」という下馬評が多いので(←※道場やっているというと、こういうことを良く言われたり期待される)、それを払拭すべく「こんなヤツでも生きてるんだぜ」と聴衆の心的な敷居を下げるいうことが理由に違いない。きっとそうだ。そうであると思いたい。そうでなければ私を指名するなんて万が一にもあり得ない。恐ろしい。

幸い、スピーチ用のスライド資料の事前チェックが行われる。
あとは念入りに練習をして、ある程度ボロが出ても大きな粗相がないようにせねば…。
練習はたくさんしてもし過ぎることはないし、本番が練習通りに運ぶとは限らない。
あー、こわいこわい。とにかくがんばろう。

(後日談:当日の登壇資料はこちら→「プチ田舎のちいさな道場」)