本記事は「DojoCon Japan 2017 Advent Calendar 2017」の12月13日分の投稿である。
投稿日時を御覧頂けると分かるとおり、アドベントカレンダー期間が完全に終わったが、あくまで「12月13日分」の投稿である。

 

「13日分」が2週間後に投稿されたことについての言い訳

まず、記事の投稿が何故こんなにも遅れたのか、言い訳を書く。
12月7日の夕方にカレンダーを確認したとき、下記の通りポツリポツリと空きがあった。
advent17_dojoconjp
DojoCon Japan 2017(以下DojoCon)について書き足りなかったことと、前回の記事が2日遅れだったことから、「汚名返上を兼ねて、来週もういちど投稿練習を兼ねて記事を投稿しよう!」と考えた。だがしかし、御覧の通りの大遅刻。
「空きがあるなら、多少の遅刻も咎められないか?」なんて思ったことが更なる遅刻投稿の原因となったのではないか、と思う。そういう気の緩みが、日常生活にも顕著に表れていることを否定するつもりはない。

私は、失敗を晒すのも大事な行為だと考えている。別に「私はコイツよりはずっとマトモである」と思いたくて仕方がないような、社会的地位の欲求や自己承認欲求を満たしたい人達にとっての暇潰しのための情報提供をしているつもりはない。単純に、他の人にとって何が大事な情報となるかは、全くの未知数だからだ。なので、期間限定企画に大遅刻したことも、公開情報として晒す。

遅ればせながらセッション登壇資料(スライド)を公開

さて本題に入ろう。
本記事の目的は、DojoConのセッションスピーチDojoとDojo、そして地域!みんなつながる合同イベントのすすめ」で使用したスライド資料の公開である。次の通りSlideShare上にて公開した
資料の公開にあたり、当日に間に合わなかった動画も挿入した。併せて御覧頂けたら幸いである。

登壇資料作成までの四方山話

DojoConサイト上ではスピーチ内容の概要を次のように予告していた。
本セッションでは今年5月に埼玉県所沢市で開催された近隣4Dojo合同イベント『でかドージョー』を参考事例として、市民イベントへの参加協力、Dojo同士の繋がりの強化、その後のアクションなど、合同イベントならではの取り組みを紹介します。 DojoCon Japan 2017 セッション詳細ページより抜粋引用)
端的に言うと、1回目の「でかドージョー」運営メンバーの1人として関わった経緯などを話した。
当時、足りない脳ミソを捻りに捻って思いつく限りの情報を詰め込んだつもりだが、今見ると恐ろしく中身が薄い。正直、大半の持ち時間を小平市の紹介だけで誤魔化した昨年のセッションよりも手応えがなかった。
そういったことで、今振り返っても、セッションを聞いて下さった方々に対して多少なりとも善くも悪くも有益な情報を提供できたのか、全く検討がつかない。せっかく頂いた貴重な機会を自ら無駄にしたのではないかと不安ばかり残る。だからこそ本記事で何かしらフォローできていればと思う。

西武線Dojoの個性を考える

西武線沿線のDojoの個性は、大きく2つある。

西武線沿線Dojoの個性その1:つながりのゆるやかさ

1つ目は、周囲から「仲が良い」と言われる所以の「ゆるやかな繋がり」感だろう。
仲の良さなら、別に、大阪近郊のDojoを筆頭に全国的に俯瞰してみても、そこまで目立つ特色ではない。寧ろ大阪近郊のDojoの方が「元々WordPressコミュニティやRuby勉強会などのコミュニティで繋がりのある人達が集まっている」或いは「Dojoで繋がった人達が、更に別コミュニティでも繋がり、仕事まで変わってしまった人が何人もいる」点で特徴的ではないのか。
東京近郊のDojoは、私を含めて「そもそも現役エジニアでない人がDojoを運営している」ケースが少なくなく、他コミュニティなどでの繋がりもないことも多い。そんな中でという意味で、特徴があるほうだと思う。
集計していないのであくまで体感だけど、最近は時代の後押しもあってか、Dojoの運営に興味を持つ人が増えてきた。前から存在していた「既存のDojoで修行を積んでから自分のDojoを始める」事案が以前にも増し、数Dojoが繋がっていることも増えてきてはいる。
とはいえ全体的には「英語のFoundationの情報をあまり深く漁らず、日本語の情報だけを見ながら、名前だけ借りて自由にやっている」ような、「一匹狼」が多い印象がある。だから、繋がりのあるDojo関係者達と「あそこってさ…誰か連絡取ったことある?」「そもそも稼働してるの?」「あそこのDojoのチャンピオンて、誰?」「あそこって、参加した人いるの?」などの話題が出て、ニンジャとその保護者として参加したことのある人に「行ったの!?どんな雰囲気だった?」と聞くことも時々ある。

根本的に、自DojoとどこのDojoが繋がっているかなどの横の繋がりに関する情報を明確に発信しているDojoが少ない印象がある。あくまで個人の感想だが。
また、「Dojoどうしでつながりがある」点だけなら、柏・柏の葉・南柏・沼南の4Dojoのように、柏Dojoを筆頭に戦略的に1つの地域(というか1つの市)でDojoを増やしているケースの方が日本国内の場合は珍しいだろう。

それで、西武線沿線の仲の良さは、各Dojoのボランティアメンバーどうしのつながりに関係する。飯能・所沢・小手指は互いのDojoの参加者でもありボランティアメンバーである。ご子息であるニンジャどうしも交流が多く、Dojoの後に食事したりもある。 ちなみに飯能(初代)・小平・中野は元々さいたまDojoのメンターつながりである。他に、小平というか、私とってひばりヶ丘は「固定のメンターほぼ1名」の雄であり、癒やし処である。
そんな感じなので「千葉のDojo関係者が集まってなにかするらしいぞ」という話から「いいなあ。じゃあ、我々も真似しようw」というノリで、西武線沿線Dojo関係者と愉快な仲間達で酒盛りをしたこともあった。

そういったことで、頻度は決して多くない(というか殆ど無い)が「ノリ」でこういった交流が行われる程度のユルい繋がりがある、というのは「唯一無二」とまでは行かないせよ、特徴のひとつとして挙げることはできるのではないか。

西武線沿線Dojoの個性その2:独特のDojo用語

もうひとつ西武沿線ドージョーに関して顕著なのは、Dojo関連用語の使い方だと思う。
これはどちらかといえば全体的にではなく飯能を中心とした特徴で、飯能は初代チャンピオン時代から次のように呼ぶ。
  • 「Dojo」→「ドージョー」(※片仮名表記)
  • 「Champion(チャンピオン)」→「ドージョー主」
  • 「セッション」→「稽古」
この流れを引き継いでいる周辺Dojoは幾つかある。私も「セッション」とか「例会」が分かりにくいし面白味がないと思って、「稽古」を真似して「練習会」と呼称することにしたくらいだ。
また、飯能の「なべちゃん(※)」がキーマンとなって(暗躍して?)秩父地域にDojo立ち上げの風が吹いているので、今後もこの独特の表記が伝搬する可能性は高い。
とはいえ、強制的にああしろこうしろと言っている訳ではない。推察するに、単に「影響力の高い、先輩Dojoの関係者が使っているから、なんとなく」という感覚だったり、各Dojoで「あ、面白いね。いいね。」と楽しそうなモノを気軽に受容するノリがあるから、というところだろう。

(※)補足
「なべちゃん」とは、CoderDojo Hanno初代チャンピオンであり、西武線沿線ドージョー伝統芸「圧迫面接」の産みの親である。
実際に磯●水産で圧迫面接をしたのは1回だが、なべちゃんが誰かに「●●ドージョー、立ち上げようか?」と煽るタイミングや、そうでなくても事ある毎に皆でネタにしている。
(※更なる補足:この画像はDojoCastの収録後に撮ったものである。DojoCast→#005: What’s DecaDojo and how it started? with DecaDojo organizers

スライド資料と単なる趣味目的でのDojoめぐり

他Dojoの見学は、小平Dojoを立ち上げる前から行っている。
理由は、勉強のために他Dojoの運営の様子について色々知りたいのだけれども「原則、インターネットに流れている公開情報だけを鵜呑みにするつもりがないから」と、「メンタリングの腕前に全く自信がないので、実地で訓練をしたいから(ので、見学ばかりではなく多少お手伝いができるとありがたい)」である。
ちなみに昨年(2016年)については、今年と同様にDojoConの実行委員会に参加していたので、「当日まで1度も会ったことのない人達と一緒に実行委員としてやっていく自信がない」というのもあってCoderDojo梅田へ見学に伺った。元々、他人の言動について、私は言葉そのものの情報だけでなく、顔の表情や声の抑揚、話す速度などから総合的に判断しているので「どういう風に喋る人か」を私側で多少なりとも把握できていないと不安が強くて会話をすることができないのだ(たぶん、私のこういうところも、人によっては「コノヒトスゴクメンドクサイ」と思う要素なんだろうな…)。
それで、今年も性懲りも無くカネと時間が工面できる時に各地のDojoを見に行ったりしているのだが、DojoConのセッションへの登壇の依頼を受けた後、「イベント開催面での違いを意識しながら見物しに行って、それで考えれば良いのでは?」と思い、そういう気持ちで9月に幾つかのDojoを巡った。

まずは、単発イベントではないけれど、昨年のDojoCon以来気になっていたCoderDojo Mito(水戸)へ

水戸は元々柏の宮島さんの親族がチャンピオンとして開催していたものの継続が困難になって暫く休止していたところで、代替わりして再開した点で興味深かったのだ。9月とはいえ、結構暑かった。

その翌週は翌週で、水戸Dojoと兄弟関係というか「メンターがほぼ完全に一致」のCoderDojo Hitachinaka(ひたちなか)へ

ひたちなかDojoはメンターの要望で会場を毎回点々としている点が特徴。「来月は海の見えるホテルで開催」と聞いて真剣に行きたいと思ったが、今回のインタビュー動画撮影のために所沢へも行く予定だったので、敢えなく断念。

そのさらに翌週、地域の単発イベント…広島で開催されたDojoBudokaiへ。

「(ニンジャのコンテストというと)なんか堅いから強そうなやつ」で「DojoBudokai」というネーミングになった(参照:Tsuyoi Hiroshima - DojoBudokai | DojoCast)という話がジワジワくるイベント。
広島(現・紙屋町)Dojoのイベントと銘打っているが、実際には近隣Dojoの人達も集まっていた。電車で日帰りで行ける距離とは言え、光Dojoからの参加者もいた。
ちなみにこの日の広島はRubyKaigi 2017直前でもあり、台風接近の日でもあり、カープの優勝が決定するかも知れない日で、色々な意味で賑やかだった。

DojoBudokaiの翌日は「泉北まちびらき50周年プロジェクト」の様子が気になるCoderDojo堺へ。

この日は関西に台風直撃で、午前中の通常のDojoは開催されたけれど午後のイベントは全て中止。関空から羽田の便がギリギリセーフで運航していたので、一応無事に帰宅することができた(関空の近くで開催されていた岸和田だんじり祭りが中止にならなかったことは本当に驚いた)。

そんなこんながあって、生で見聞きした情報も踏まえてスライド資料を作っていった。どこまで踏まえられたのかは怪しいが、多少なりとも踏まえたつもりである。
また、当初の予定ではインタビュー動画を垂れ流して自分は5分くらいしか喋らないつもりだった。結局、日々の業務の準備に忙殺されたり、他のイベントなど準備などに追われているうちに動画の編集が間に合わず、結局20分近く自力で喋る羽目になったけれども。

つながりは広がり続ける

前回の投稿でも少々言及した通り、DojoConで既製品のボードゲームを展示をしたら、その場で通販でお買い上げする人がチラホラ現れた(別に私には1円も入らないけど)。
そして、DojoConの1ヶ月後の12月3日開催の「でかドージョー in 泉北」の1企画にもボードゲームが現れた。

DojoConの企画の影響、こんなところに出て来ていた。衝撃。

2回目のDojoConも終わり、3回目のでかドージョーも終わった。
SNSでつながるDojo関係者が増えて、Facebookを眺めているだけでも単発イベントの開催話がチラホラ聞こえてくるし、メンターあるいは何かしらの協力者として参加した人から情報を頂くことも増えた。
イベントのタイミングでいままで繋がりの無かったDojoがお互いを見学し合ったり手伝い合ったり、ニンジャがDojoを巡り歩いたり。世間一般的な認知度の向上はさておいても、私の周囲ではDojoの話を前より頻繁に耳にするようになった気がする。
「つながる Dojo to Dojo」、まだまだ続く。