小中高生を対象としたプログラミング学習支援をやっているからか、どうにも主婦勢から「小学校の頃からパソコンを触ってきた、20代独身・実家暮らしのバリバリのリケジョのプログラマー」と思われている節がある。他人と滅多に関わりを持たないので頻度は然程多くないのだが。
社交辞令どまりなら「アラヤダオクサマ、オセジガオジョーズナンダカラ〜オホホ」で済む。
そうでなくても妄想するのも、勝手な期待を寄せるのも、他人の自由だ。
しかし現実問題として「アナタは [相手の勝手な妄想による私像] なのだから、私に〜をしてくれても、私がアナタに〜を求めても、それは当然よね!!」などと言われることがある。
いや、せめて、その要求に見合った対価でも払った上でのことなら「なんやかんや言っても仕事だもんね」で済むが、年頃の大して変わらない(下手すると向こうの方が5歳以上年下の)方々に「子育てで苦労している年上の主婦の私たちのために滅私奉公してくれるなんて、最近の若い子は徳が高いわねぇ〜」なんて思われた日にゃ「なぜ…?」と思いたくもなる。

そういったことで、私のことがなんとなく分かる情報をザックリとまとめた。

基本情報

学歴・職歴

  • 学士(理学)
  • 正規雇用:2社、派遣:数社、契約社員:1社、業務委託・アルバイト:数えてない

「学士(理学)」に対して「エッ!?」と反応する人が多い。
名ばかりだからその反応自体は構わないが「体育じゃないの!?」と尋ねる人がチョイチョイいて「姉と間違えてません…?」とか「この筋金入りのインドアマンを捕まえて何故そう思ったのだ…」などとツッコミしかない。

資格や免許など

  • 剣道2段
  • 中型車 (8t)、大型自動二輪、普通自動二輪
他、中〜高卒程度で取得できるモノを幾つかと、TOPIK・ハン検・英検それぞれ3級とTOEIC400点。

コンピュータとの出会いザックリまとめ

小学校

  • 1年の頃にファミコンに憧れるも入手の願いは叶わず、親戚の家で遊ばせてもらったり家族に隠れてゲームセンター(大型スーパーやアミューズメントパークにあるような華やかなやつではなくて薄暗くてこぢんまりとした「THE 不良の溜まり場」みたいな場所)に通いながら、満たされない欲望を少し満たした。
  • 姉が、親からゲームウオッチを購入してもらっては分解してあれやこれやといじって遊んでいたので「最終的にはそうやって遊ぶモノ」だと思っていた。
  • 4年の時、姉の購読していた学研「6年の科学」の「LS愛ちゃん」を読み、パソコンでプログラミングすればアーケードゲームで憧れのインベーダーゲームを家で楽しめると知り、パソコンとプログラミングに興味を持つ。
  • 「パソコンは高額だし、家のヒューズが飛ぶからいけない」と親から反対されたが、「成績が上がったら」という約束で小5の夏にワードプロセッサを購入(SHARP 書院 WD-60)。モデルを指定したにもかかわらず、欲しかったのと異なるもの(価格帯は概ね同一)購入されたので、親への不信感が芽生える。
  • 同じく小5の夏、ワープロを購入してもらえた勢いで「志望校(高校)に合格したらパソコン購入」との約束を母と交わす。
  • ワープロではBASICのコードを打ち込んでも動かせないので、直ぐに飽きてドット絵を打ち込んだり新聞記事の模写をして遊ぶ。

中学校

  • 「自宅にPCがある」という同級生が何人かいたので「触らせてもらえなくても良いから」と、家に遊びに行っては見せてもらい、PCに恋い焦がれる。
  • 3年の時、視聴覚室がパソコンルームに改装され、パソコン(FM TOWNS II)を触る授業が何回かあって「パソコンは絵を描くこともできる」と知り、益々欲しくなる。
  • 当初の約束通り志望校に合格したが「内申書に嘘を書いて(※)推薦入学したから」「学費ローンはマンションの購入費用に充てたからお金がない」などという理由で反故にされ、パソコンが入手できない失意のあまり、学業への意欲を完全に失う。(※推薦書提出時点で内申書に必要な「委員会への所属」がなかったが、一応、その後入るには入った…)
  • 小5の夏から中3の入試が終わるまで、再三にわたり「パソコンのために貯金をしてくれているのか」と確認してきたのにも関わらずに貯金がないと切り捨てられるわ、子供には「1度決めた事は、どんなことがあっても変えてはならない」とあれほど厳しく言ってきたにも関わらず、ズルをしたとか何とか理由を付けて約束をカジュアルに反故にすることに対し親への不信感が倍増するも、末っ子であるがゆえに反抗すると家族全員から暴力を振るわれるので怒り狂いつつも逆らうことが出来ず、従う羽目に。

高校

  • パソコンは入手出来なかったが、コンピュータ関係の授業が多少あると聞いて期待していたら「古くなったので使わない」と学校側からの説明が入り、茫然。ちなみにPC-9801。
  • 学科合宿の時に1度だけPCを触る機会ができたが、授業は初歩的な操作に留まり、PCを使いこなせる同級生は勝手に即席で簡単なゲームを作りピコーンピコーンと音を立ててワイワイ盛り上がっていて、格差を感じた。

大学

  • 表計算ソフトを使う以外は全くパソコンに縁のない学科に進学(学校は23区内のため、群馬から片道2時間半かけて4年間通学)
  • PCを持つ周囲が2DCGをやっているのが羨ましくて、ワープロとコンビニコピー機とフィルム写真を駆使して良く分からない合成画像を作って遊んだりしていた
  • 「パソコンルームのパソコンは誰でも自由に使って良い」と聞いて飛んでいったら、再びのPC-9801…。
  • PC-9801 x BASICでのプログラミングに挑戦するも、パソコンルームにはPCの簡単な説明書だけしかなく、スタッフも「そこにある説明書を読んで」だけだし、使い方をなかなか理解できずに思うように学習が捗らず、3、4回通って足が遠のく…
  • 2年のとき、美大に進学した高校の友人から「インターネットに繋いでホームページを作る」という話を聞いて「パソコン通信の時代が終わったの!?」と驚くと同時に「それ、やってみたい」と思うように。
  • 同じく2年のとき、アルバイトで稼いだ20万円でパソコンを購入しようとしたら「だめったら、だめ!!なんでお母さんの言うこと聞かないの!!!!」と母が騒ぎだし、それにリンクして姉もブチギレたため、購入断念。
  • 選択必修科目で Fortran 77 x LaTex の授業を受講したら楽しくて、しかも周囲から「レポートを写させて」とやたらと頼りにされて「おっ、私、コードが書ける!?」と勘違いする。
  • 3年のとき、家電量販店に就職しパソコン教室の部署に配属された姉が会社からPC(Power Macintosh 5500/250)を貸与され、それをしばしば内緒で使ったり時々公認で借りるなどして、ようやくマトモにPCを触る機会を得る。
  • 同じく3年の中盤に学校のパソコンルームが改装されて Windows95 を使えるように。
  • 学校のパソコンルームからインターネットにアクセスして親に内緒でISPと契約した。
  • レンタル空間を手に入れたのでウェブサイトを構築・公開し、HTML/JavaScript、Perl/CGIを独学で学ぶ。
  • 憧れの家庭用ゲーム機(スーファミ、セガサターン、PS1)を溜めたバイト代でドカ買いし、家でも外でもゲーム三昧の日々(※高校の頃から再びゲームセンター通いしていたので元々ゲームして遊んではいた)
  • 4年次に「あの優秀なお姉ちゃんが使っているものだから、安全なモノ」というお墨付きがついて、ようやく自腹でPCを購入。
  • 自機を入手してからは2DCGにも挑戦
  • 数学科の先輩から「エンジニア職はパソコンの事が分からなくても研修で教えて貰えるし、給料が高くて、カンタンに入れる」と教わり、就活はエンジニア職一本で探す。
  • 大学のゼミの先生がプログラミング大好きっ子で、その流れでゼミでC言語をかじる。
  • 周囲にプログラミングやコンピュータ周りのあらゆることに詳しい先輩が何人かいたが、意思疎通が困難で、紹介された参考書がことごとくジブンの理解を超えていて、迷走が続く…(Red Hat Linuxでのダイアルアップ接続の方法を尋ねたら「僕は今、IPマスカレードの設定に苦戦しているんだ。Vineが良いよ。」と返事がくる感じで、本気で何を言っているのか全く分からなかった…)
  • 卒業研究はSolaris x C言語 x gnuplotで簡単なクライアントサーバシステム作ってグラフ描画のプログラムを書いた(「ほぼ本の丸写しやんけ」だし、これ絶対「中学生のレポートにも劣る」とかバカにされるヤツ…)。
191027oldmypc01※大学4年の時の環境
「Linuxなら開発環境がタダで手に入る」と聞いたので、貧乏学生が訳も分からず格闘してるところ…

1社目

  • 新人研修で8086アセンブラとC言語を習う(実は大学の時ポインタと構造体に躓いていた…)
  • 10進数以外の位取り記数法の存在を知る…
  • 同じく新人研修でWeb+HTML入門の講師をやる羽目になる(以後退職するまでずっと担当…)
  • 「頼まれたら何でもやる」スタイルだったので、UI用のイラスト作画やらフロントエンドやらバックエンドやらネットワークやら色々やらせてもらった
  • 言語は、上司から「こんど〜の言語で開発するから」と言われたら逐一勉強して使うことが多く、基礎をコツコツ学ぶよりも現場で使って覚える感じだった(ので、基本的なことが未だに分からない)。
  • 今振り返っても説明に苦しむ案件が「スタンドアロンなWebシステム開発」で、使用言語はC。
  • 仕事は楽しかったが、物わかりが悪すぎることと、メモリ関係のバグで同僚に多々苦労をかけた…
  • 「おまえのソースコード、全然読めないから全部書き直した!」と同僚にハッキリと宣言された…
  • 2年目の時、先輩(※現同居人)から頼まれた案件が1週間掛かっても完成できなかったのに、同期でズバ抜けてプログラミングの知識が豊富な奴(年上)が3日で完成させて物凄く凹んだ…
191027oldmypc02※最初の職場のマイデスク
ようやく親元を離れ、なんやかんやで悠々自適に楽しんでいた。

1社目退職後

  • 「私には『プログラマー』なんて無理」と悟る。
  • 他人(同居人+周囲の何人か)に聞くところによると、私は幾つかの業種の「企画」「提案営業」とシステム開発の「開発の上流工程から下流工程まで」経験があるらしいが、記憶力が非常に悪く、業務に必要な単語も含めて専門用語を殆どと言って良いほど覚えられないので、どの行為が何を指しているのかを分かっていない…。
  • 「要約できない話は全て、無と同じ」とキッパリ切り捨ててきた人もいるくらいだし、その理論からすれば「自分自身が客観的に理解出来ていない事象は全て、存在しないと見做す」で良いんじゃないかと考えられる。だから私は「いま存在していること自体が自分でも理解不能」だし「自分にできることなど、この世の中に何一つない。私の存在価値など、どこにもない。」と思っている。
  • 「ズルして入学した」と親に言われたことから、高校入学以降の学歴も職歴も全て「存在しない」で良いと思っているし、そもそも中学も小学校も何も出ていない、ということで良いと思っている。




…というところで現在に至る。
これで非エンジニアの人たちが私に関する理解を深めてくれるのだろうか…。

「プログラマーなんて無理」と悟ったからと言って一行もコードを書かない訳ではないけれど、ガッツリ書くこともない。それだから相変わらず成長しないのだけれども。
現在の私のコーディングスキルはGitHubを見れば一目瞭然だし、こういう話って分かる人向けに態々書くほどではないんだよな…。
なお、「インベーダーゲーム」のプログラムは大学の時に1度挑戦したきりで、結局、未だにゲームプログラミングをマトモにやったことがない…。我ながら流石にもう少し精進してはどうかと思う…。うん、がんばる…。